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7月17日 インド幕明け

14、15、16とポカラでのんびりした僕ら一行は、仏陀の聖地ルンビニをスルーして一路インドのバラナシへと向かう。

ポカラ発バラナシへは、国境の町バイラワ・スノウリよりゴーラクプルを抜け、バラナシと至る中継地点の多いバス+電車の旅。

ひとつのバスで一気にバラナシにも行けなくはないが、どうやらめちゃくちゃ危険らしいので、とりあえず今日は朝からポカラ~ゴーラクプルへと歩を進める。

ポカラ朝7時発、ツーリストバスでスノウリまで。

この旅で一番の大荒れバスは、縦揺れ横揺れが激しく、時折天井に頭をぶつけるほどの大ジャンプをかましてみたり、炎上したバスを目撃してみたり、正面衝突しているトラックを目撃してみたりと、なかなかに刺激的な旅路であった。

このバスは車酔いに弱い人には厳しいかも知れないが、寝てれば何とか持ちこたえられるだろう。縦揺れが激しくても、意外に人は寝られることを知った。(笑)

ポカラ発ツーリストバス路上で炎上バス

 

ポカラから起算して走り続けること約7時間、ようやっとスノウリバスパークに到着。

そこからさらに国境まで4キロほどあるということで、この旅初のサイクルリキシャを使うことに。国境まで120ルピー。

サイクルリキシャ

リキシャはいうなれば自転車を改造したもんだからとにかく遅い。しかも重い荷物が乗っかってるから運転手さんはすごく大変そうで、なんだかかわいそうに思えてきた。^^;

あんなに一生懸命に自転車こいで、4キロの道のりを行って帰って150円程度。

どうやらネパールの1ヶ月の賃金は2万円を切るのが普通らしく、その点から考えれば納得の価格ではあるわけだけど、ちょっと値切り交渉しすぎたかな、と。

って、またそんな甘いこと言ってるとインドでヤラれるから気をつけましょう。

 

そんなわけでスノウリにて無事に国境も通過し、僕らの世界旅行計画アジア編の最後を飾る国インドにやってきた。

国境での手続きは意外にあっさりしていて、必要事項を紙に書いて提出したらすぐに終了。

この時期に僕らのようなバックパッカーは少ないらしく、並んで待つこともなくスムーズに手続きできた。

インド入国!

 

さて、国境手続きを終えた時点で17時近くになっていたこともあって、すぐにゴーラクプル行きのタクシーを捜す。

バスもあるにはあるがローカルなので時間もかかり、旅行者はタクシーで行くのが普通だとか。10人程度の乗り合いと4名プライベートを見つけたが、僕らは乗り合いを選ぶ。当然そのほうが安く済むからだ。

で、これがちょっと失敗だった。

10人程度と思っていた乗り合いタクシーは、前列にも後列にも、さらに後ろにもギュウギュウに人を詰め込み、合計で17人くらい乗っていた。

ゴーラクプルへと向かうタクシー

そんなギュウギュウジープタクシーも順調に走ってくれたおかげで2時間程度で済み、無事ゴーラクプルに到着したのが日も沈みかけた午後8時。

到着早々にタクシーの荷台を管理する兄ちゃんから「バクシーシ!!」とチップを要求されるが断固無視。要求されるとあげたくなくなるのが人の心情ってもんでしょう。

タクシーから降りてホテルを探し、本日の宿を確保。駅前のサンライズホテル。名前の割りには質は最悪の部類。近辺のホテルを見たが、どこも綺麗なところはないと思っていい。

翌朝バラナシに向けて6時前の列車で出発するため、今晩だけ妥協した感じ。っていうかこの旅でワーストに数えられるほど汚い宿だった。(汗)

サンライズホテル1サンライズホテル2

 

チェックイン後、ホテル下のレストランで飯を食べて就寝。

っていうかインド、暑すぎです。

 

P.S.
ちなみにインドは事前にビザを申請しておく必要があり、到着時にビザ発給はしてもらえない。日本でビザを申請すれば、受理された日から半年間滞在許可が降りるので、その期間中にインドに滞在ができる。

詳しくはインド大使館とかを参照あれ。

7月14日 ポカラたべものや

昨日まででカトマンズを満喫した僕らは、次の町へ向かうこととなった。

ネパールからヒマラヤ山脈へのトレッキングを行う際の拠点となる町、ポカラへ。

ポカラは人口も少なく、どちらかというと田舎の町ではあるけれども、シーズンになると世界各国からのトレッカーで溢れる世界有数のトレッキングタウンである。

ただ、僕らがいる今の時期は雨季に当たるため、観光客もまばらで町そのものは静かで過ごしやすかった。

 

カトマン~ポカラツーリストバスカトマンズからはツーリストのためのバスが出ており、毎朝7時にカトマンズのタメル地区から出発し、14~16時くらいにはポカラに到着する。

バスのタイプは2種類あって、ひとつは安いツースリストバス、もうひとつは豪華エアコン付きのバス。400円と1800円の違い。当然安いのを選ぶでしょ。

このバスのチケットは、カトマンズでお世話になったアティティツアーズさんで購入。ここは日本人バックパッカーのたまり場でもあるため、情報収集にも最適でお勧め。

 

さて、ポカラまでの道中は険しい山岳地帯を通ることもあり、まあだいたいは遅れて到着するのが普通らしい。

僕らの場合も、結局2度大きな待ち時間に遭遇し、ひとつは運搬中の土砂が道路をふさいだためで、もうひとつはトラックがパンクして道路に立ち往生してしまったためらしかった。

夕刻にポカラに到着後、バスターミナルで待ち受けていた客引きのひとりについていって宿の金額交渉。

ポカラはレイクサイドとダムサイドと2つのエリアに別れているが、僕らはダムサイドのビューポイントホテルというところに向かった。

オフシーズンということもあり、1泊300ルピー(360円)でバストイレ付きダブルに決定。エアコンはないけど十分に涼しく、無線ネットも使い放題というお手頃なホテルである。

ポカラビューポイントホテル1ポカラビューポイントホテル2

 

正直に言うと、ポカラはトレッキングをする以外はあまり滞在する意味のない町だと思われる。

具体的に見るべき観光ポイントがあるわけでもなく、町歩きをするにも小さすぎてあっという間に終わってしまうし。

シーズンになったら、単発でもう一度来てみたい町だな、と。

ただ、やっぱりここにも日本レストランや韓国レストランがあって、おなかを満たすにはちょうど良い。他の地元飯屋に比べれば少々高いけど、そばは絶品だった。

7月13日 ダルバール広場にいたサドゥーたち

カトマンズの日本食がウマい。

カトマンズおふくろの味小説深夜特急でも書かれていたが、ここカトマンズで出会う日本人の多くが口を揃えて日本食が旨いと言う。定食、丼もの、ラーメン、そばうどんと、何でもござれ。

会う人会う人、「カトマンズには10日間います。」「2週間滞在してます。」「そろそろ1ヶ月くらいになるかな。」と、比較的長い日数を口にするなんてのはザラだ。最長でアジア全体で8ヶ月いますという女性パッカーもいた。

逆に僕らのように3日間程度で別の町に行ってしまうというのが珍しいらしく、一様に「もったいないですね。」という反応。確かにそこまで言われてしまうとそんな気もするが、まあ仕方がない。今度機会があったら、1ヶ月とか長く滞在してやるか。

 

急ぐ身の僕らとはいえ、カトマンズの見るべきポイントは最低限抑えておかないと、ということで今日は中心部のダルバール広場ともうひとつの大きな寺院「スワヤンブナート」を見に出かける。

ダルバール広場まではタメルの中心地から歩いて20分程度かかるが、その道中にはお店あり、地元民の生活臭がする地域ありと歩いていて楽しい。

ダルバール広場には観光客に対してお金を請求してくる役人さんがいる。無視はできないから遠回りして広場に向かうのも手だが、僕らは「この道を通るだけだから!」と強引に主張して結局お金は払わず。

ダルバール広場には入場料を払ってみるようなポイントがあるわけではない。広場の雰囲気を楽しみつつ、そこを後にしてスワナンブヤートへと歩くことに。

ダルバール広場1ダルバール広場2

 

スワナンブヤートまで歩いて1時間。炎天下の中、太陽にさらされ続けることでテンションも下がり、思った以上に遠い道のりにバテる。

ようやくたどりついたスワナンブヤートは丘の上にあり、カトマンズの町全体を一望できる場所に建っていた。確かに綺麗ではあるが、これといって驚きもない。

ここも昨日のボダナートと同様に仏教の聖地として崇拝されているが、今の時期はこれといった祭事もないようで、特に神聖な雰囲気に包まれている感もなかった。

スワヤンブナート1スワヤンブナートからの眺め

 

スワナンブヤートからはタクシーを使いタメルに戻り、再度みやげ物やを物色しつつホテルに戻る。

中国で買ったものを含め、ネパールで一気に土産グッズを買って郵送の手配をして、明日の移動に備えた。

 

何だか日記に書くと淡々とこなしているように感じるが、これがまた小さな事件とかたくさんあって毎日は楽しく過ぎていく。細かく書いてたらキリがないからね、ハショってるだけ。

ネパールは特に中国の後ということもあって、日本食もおいしく、人もやさしく、物価は安く、英語も通じるから、もう少し長く滞在しても良いと思える国だ。

正直、当初考えていた以上に過ごしやすくて、たぶん一人だったらもう少し長く滞在してしまうだろう。季節が合えばトレッキングとかアウトドア系の楽しみも多いしね。

ってことで、明日はカトマンズからバスで7時間、ヒマラヤトレッキングの出発地点となる町、ポカラに行く。が、今の時期は雨季だからトレッキングは諦めモード。^^;

7月12日 カトマンズの街角

アジアを周遊したことのある僕も、カトマンズ滞在は初。

あまり情報を持ち合わせてないこともあって何をどうしたら良いかはH旦那が持つ情報を頼りに歩いてみる。

僕らの泊まっているグレートウォールホテルはタメル地区のど真ん中にあり、どこに行くにも近距離で便利だった。ネットもできるし安いし湯も豊富と文句なし。

 

さて、昨日カトマンズに到着した後、早速日本語の情報が集まる「アティティツアーズ」さんに立ち寄って少し話を聞き、とりあえずカトマンズ滞在は市内とちょっと郊外の寺院を中心に見て回ることにした。

パシュパティナート今日は少し遠目のパシュパティナートとボダナートへ。ちなみにこれら寺院を含め、カトマンズ全体が世界遺産登録されている。

パシュパティナートはいわゆる火葬場兼寺院。

そのそばを流れる川はインドのガンガー(ガンジス川)の支流となっているため、焼かれた死体の灰は川に流される。言ってみれば、プチインドをここで体験できるというわけ。

タクシーで150ルピー払ってパシュパティナートの入り口に着き、入場料を払おうとしたら何と500ルピー。入るだけで600円も取られるとは、さすが世界遺産。元々200ルピーくらいだったらしいが値上げ値上げなんだそうだ。

で、寺院に入ると同時に数人のガイドさんが近寄ってきて要らぬ解説を始める。少し聞いてから要らないよ、と言うとササっとどこかへ消えてゆく。ずっと解説を聞いて質問したりするとお金を請求されるから気をつけましょう。

入り口付近ではちょうど一人死体が焼かれていて、その周囲には家族と思しき十数名の男達がいる。

少し後、さらにもう一人の死体に着火された。どうやら最初の火は口に入れるようだ。

ここでは女性は火葬場所には入れないのが慣わしだとか。(昔主人の火葬の際に妻が火の中に入っていくことが多かったから?とか。ガイドが言っていたが。)

人間が焼ける匂いはどこか甘く、周囲には神聖な雰囲気が漂っていた。

昔のカースト制度の名残りもあって、死体が焼かれる場所などにも順序があるらしいが、そんなことは僕にとっては大きな問題ではなく、この場所、この雰囲気を、言葉少なに数十分間肌で感じてみた。

基本的に写真やビデオ撮影はご遠慮ください、的な空気だったが、ブログにアップするためと思い1枚だけ撮影。

 

パシュパティナートを後にして、ボダナートへ。

ボダナートパシュパティナートがヒンズーの寺院に対して、ボダナートは仏教の寺院。ボダナートに描かれている目は賢者の目とされ、過去にはここからチベットに抜ける仏教徒たちが旅の安全を祈願するためにボダナートに訪れたと言われる。

ボダナートはそれ自体が曼荼羅(マンダラ)の要素があり、ボダナートを構成するそれぞれの箇所には意味があるらしい。

たとえば円形の建物の側面にある小さな窓は108あるとか。僕もそこまで詳しくないけど、108は人間の煩悩の数とか、日本でも共通した数字で多少親近感があると思う。

ボダナートは既に観光地化されているため、あまり神聖な雰囲気もなく、早々に引き上げ。

 

タメルに戻って飯を食べ、お土産を物色すべく露店を見て回ってホテルに戻る。

ちなみにカトマンズでは日本食を提供するレストランが多く、しかも美味しい。

日本で修行したシェフがいる店、日本人オーナーの店などあり、貧乏旅行者の多くがここで沈没(無為な長期滞在)してしまうそうだ。

1泊200円程度の安宿と安くてうまい飯があれば、日本人ならずとも長く滞在してしまう気持ちもわからないでもない。が、僕らは先を急ぐ身。沈没なんてしてられない。

ナスとひき肉の味噌炒め定食とんかつ定食

7月11日 中国ネパール国境の橋

ラサからネパール国境を越え、カトマンズまで行く旅の最終日。

今日の行程は難しくなく、朝ホテルを出てから車で20分ほどの国境オフィスまで行き、中国出国。その後さらにネパールの国境オフィスを通過してビザを発給してもらい、いよいよカトマンズまで抜ける。

朝はホテルからランクルで出発し、幸先の良いスタートかと思われた。が、少し走ったところで渋滞が発生。

ジャムツーが先に歩いて原因を調べたところ、何と昨日の雨で崖崩れが発生していて、車が全く通れない状態になっていた。

ダム崖崩れ1ダム崖崩れ2

 

ここら近辺ではこういう状況はよくあるらしく、過去に何度かランクルが下敷きになって人が死んだらしい。これを放置する中国側もどうかと思うが、それを平気にしている近隣住民の神経も相当なものだと思う。

で、待っていても一向に復旧しないことが目に見えていたので、僕らは大きいバックパックを背負って国境まで歩くことにした。

僕のが一番でかいのでジャムツーが持ってくれ、それ以外の小物たちを抱えて歩く。

30分以上かかって、11時頃ようやく国境オフィスに着いたものの、国境開かず。

事務官みたいな人がこの時間になってもまだ着てないらしい。なんともお粗末な中国の管理。こういうところでも杜撰(ずさん)な体制を露呈している。

こんな国に国際社会の一翼を任せられるかっつーの。

中国ダム国境オフィス

 

少し待機して国境が開き、無事国境越え。

これで中国ともお別れ。皮肉にも色んなことを経験させてくれた中国。意外に観光料金が高かった中国。たぶん人生で二度と来ないであろう中国。あばよっ!

ここでガイドのジャムツーともお別れ。

実はこの旅を一番楽しんでたのは彼なんじゃないか?と思うくらいエンジョイしてたのが印象的。ありがとう。印象の良くない中国にあって、チベットは正反対にすごく良かったと思えるのも君のおかげだ。

ジャムツーとの記念撮影

 

中国側の国境を抜けると、すぐにネパール人の客引きがザワザワと近寄ってくる。

ここからカトマンズまではローカルバスを使うと6時間ほど。ジープだと4時間くらいで着くらしい。

当然相手の言い値でOKするはずもなく、まずはその積極的な勧誘をすり抜けてビザを発給してもらいにオフィスまで歩く。

ネパール国境のビザオフィスではアライバルビザ(現地に到着した際に申請するビザ)を25ドルで発給してもらえて、15日間の滞在が許可される。

1ヶ月のビザもあるらしいけど、その情報は知らず。飛行機でカトマンズに入ると1ヶ月なのかも知れない。

で、2週間のビザをもらう手続きをしてる間もカトマンズ行きのジープの勧誘は続き、結局そこに来ている数名のドライバーたちに値段を言い合いさせて、1台貸し切り3000ルピー(約3600円)で決着。

早速荷物を乗せて、山道をカトマンズへとひた走ることとなった。

ネパール中国国境にて、カトマンズ行きジープ交渉ネパールローカルバス

 

ジープはカトマンズへ向けて疾走する。

山道は途中悪路あり、舗装路あり、泥道ありと何でもありのネパール路。

漢字はひとつも見当たらず、全ての看板には英語とネパール語。

あぁ、中国を抜けて別の国にきたんだなぁと実感する瞬間である。

ドライバーの爆走によって3時間ちょっとでカトマンズの町が見え、安宿やゲストハウスが集中するタメル地区で下ろしてもらう。

と、すぐに客引きが寄ってきて安宿というかゲストハウスというか、一応名前はホテルとついたところに部屋の確認に。

僕らはネット環境を重視しているため、着いた早々パソコンを開きワイヤレスネットワークの確認が日課。

そこでネットにつなげる無線環境があればOK。多少部屋の金額が高くてもそこに泊まろうと思っていた。

が、この客引きの適当な嘘だったのか、その安宿では無線が見つからず、すぐ隣のホテルのネットにつなぐことができそうだったので移動。

後で知ったが、この安ホテルは某有名な旅行ガイドブック地球の歩き方にも掲載されているホテルでグレートウォールホテルといった。タメルの中心に位置し、周囲もうるさくなく、なかなか小綺麗な安宿である。

ローシーズンということもあり、交渉の末ダブルルーム1泊500ルピー(600円)でOKして、ようやっとこの3泊4日のネパール国境越えを終えることになった。

カトマンズの詳細は明日に譲って本日は終了。長かった・・・。^^;

カトマンズにて1枚