
ムンバイ。またの名をボンベイという。
インド随一の商業港湾都市ムンバイは英国統治時代の雰囲気が色濃く残る、インドにあってインドではないような都市だ。


インドの喧騒やあらゆるモノに汚染されたインド独特の雰囲気はそのままに、駅、建物、車といった人工物からヨーロッパの印象を強く受ける。
また、他の町に比べると比較的物価が高く、外国資本も多く入っているというから、生活レベルはどこの都市よりも良いとか。
そういえば先日出会ったインド人もムンバイのトーマスクック(旅行観光関連企業)で働いていて羽振りが良かったし、町で出会う人々の色は薄く、きれいな服も着ていて、リッチだからか小太りが増えた気がする。(笑)
さて、ムンバイにはアウランガバードからの寝台列車で明け方6時前に到着し、タクシーで安宿やゲストハウスが集まっているタージマハルホテルの近辺に向かう。60ルピー。結構近い。
当のタージマハルホテルは、以前ニュースでも騒がれた爆弾テロがあった現場。その周辺には観光客用のゲストハウスも多く、またムンバイの見所も広がっている。
残念ながらムンバイは貧乏バックパッカーに対して厳しい町で、安宿とはいえ他都市に比べると相当高い値段ということをネットで下調べしてたから、実際に宿を見つけるまでは戦々恐々だった。
が、そんな心配も意外とすんなりと解決される。
というのも、タージマハルホテルのすぐ裏を通った際、たまたまムンバイで唯一の安宿として知られるサルベーションアーミーを見つけ、運良く泊まることができたから。
他のゲストハウスも確認のために見たけど、バラナシで400ルピー程度で泊まれる場所と同程度の安宿が、ここでは1200ルピーと言われた。ディスカウントしてもその価格だから、きっとシーズンはもっと高いんだろう。
たぶん1000ルピー以下を選ぼうとすると、なかなかに汚い場所なんじゃないかな。
一方、僕らの選んだサルベーションアーミーは中の雰囲気は綺麗とは言えないものの、朝飯と昼飯がついてダブルルームで600ルピー、1200円。
実際に泊まったダブルルームはダブルベッドがあるわけじゃなくて、戦時中の病院を思わせる簡易ベッドが6つほど並んだ広い部屋で、それをプライベート的に使えるとのこと。シャワーとトイレも室内で、ファンはついてるけどエアコンは当然なし。


朝到着して8時半まで待ったら、たまたまダブルに宿泊してた客がチェックアウトしたということで取れたわけだけど、次に来たダブル希望の人は断られてた。男女別のドミトリーは結構な数あるみたいで空いてたけど。(ドミは一人195ルピー)
宿にチェックインしてから涼しい午前中に近場の見所を回り、一旦宿に戻って無料の昼飯。これがまたタダ飯なのに意外においしくてラッキーだった♪
午後2時過ぎになって隣にあるタージマハルホテルのティーラウンジでお茶タイム。久々の贅沢に嫁はウキウキだ。(笑) こういうときはすこぶる機嫌が良い。
淹れたてコーヒー紅茶にうまいケーキとクレープと。その詳細は嫁日記をどうぞ。


そんなわけで、特に何もしないムンバイの滞在で、インドの旅、そしてアジアの旅を締めくくる。
長いようで短いようで、やっぱり長かった100日超。旅に出てからこれまでに使った金額は100万円ちょっとで、1日平均1万円程度の計算となった。
インドネシアでの贅沢と、中国での観光費用や移動費用、ネパールとインドでのお土産購入とか輸送費に大きく使った感じ。あ、あとはタオ島のダイビングか。
これから始まるヨーロッパは1日7~8000円の宿代と観光費用もバカにならないだろうから、なるべく15000円に収まるように頑張ってみたいと思う。
けど、旅の醍醐味は食事だからね、そこだけは贅沢に。
ってことで、ありがとうアジア。
ヨーロッパでは主要な観光ポイントとサッカー観戦、それに食事とデザートが何よりの楽しみだわ~。^^

アジャンタもエローラと同様に1983年にユネスコ世界文化遺産に登録されてからというもの、徐々に観光客が増えて一気にメジャーになった地域なんだとか。
アジャンタやエローラは、僧侶達が修行や瞑想のために人々の生活の場を避けて山奥に作り、その後に放棄され、約1000年経てから長い眠りから覚めたという。





















歩き方に掲載されているコテージイエスプリーズに宿を絞り、ニューデリー駅からオートリキシャで向かった。











