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12月11日 イグアスの滝

カラファテの観光を楽しんだ後、僕らは一旦飛行機でブエノスアイレスへと戻り、ブエノスの日本旅館という日本人宿で2泊した。

アルゼンチンは肉がとても安く、アルゼンチンワインも安く手に入る。また、タンゴダンスを勉強したりタンゴそのものを仕事にしている人だったりが滞在することもあって、ブエノスの日本人宿には不思議と人が集まるようだった。

僕らが滞在したときには南米一人旅の旅人数名と、タンゴのために数ヶ月もブエノスにいるという女性、現地で働いているという男性など様々。

世界一周をしたいとは思ったけど、世界のどこかで超長期で生活したいとは思わなかったが、なぜ、何が彼らをそこまでブエノスに惹きつけるのか興味深かった。沈没するわけでもなく、何かの目的のためにひとつの町に滞在するという選択。いろんな人がいて楽しい今日この頃。

 

で。

ブエノス肉三昧の自炊生活を経て、寝台バスでイグアスまでやってきた。(寝台バスはレティーロバスターミナルで簡単に予約できる。)

イグアスはアルゼンチンとブラジル、そしてパラグアイの領土が隣り合った場所で、世界中から滝を見に来る人でごった返す。

僕らの拠点となったプエルトイグアスにはいくつか宿があるけれど、日本人に人気なのはマルコポーロインとピーターパンか。どちらもバスターミナルからすぐ行けるが、予約したいならマルコポーロがいい。

プエルトイグアスのマルコポーロイン

 

プエルトイグアスでの目的は2つ。

ひとつはイグアスの滝の観光。それとブラジルビザ取得。

日本でブラジルビザを取得するのが普通なんだけど、日本出国から数ヶ月で期限が切れることもあってブラジルビザはここで取ることに決めていた。

が、アンラッキーが襲いかかってきた。

プエルトイグアスに到着したのが金曜日の午前10時。

ビザの手続きができるブラジル領事館的なところは、午前7時から10時までの受付だと知ったのは、その事務所についてからのこと。

しつこくお願いしたんだけどどうしても月曜日まで待たないといけないとのことで、本来はプエルトイグアスに1泊だけで良かったのに3泊しなければならなくなった。

結論から言うと、イグアス観光は5時間もあれば十分なので、ここは1泊で足りる。長くても2泊で十分だ。

嫁日記イグアスの滝<水・水・水三昧!!!>

結局、到着当日にイグアス観光を済ませて、翌日はパラグアイのシウダーデルエステという町まで観光しに1日使い、翌日1日はネットに使い、と、なんだかなぁーと感じつつ過ごしてみた。

 

週明け月曜日。

いざブラジル領事館的オフィスに向かい、ビザ申請。

4×4の写真1枚、210ペソ(ドル払い不可)、申請書とパスポートを出してすんなりOK。

10時までに申請すれば、12時にできるとのこと。

12時に取りに行ってみるとまだできず。で、結局1時を回ったくらいに無事ビザを貼り付けたパスポートを返してもらえた。

12時ビザ発給後すぐにバスに乗れると考えて早い時間のバスを予約していたような人は、乗り遅れたかも知れない。結構焦ってた人多かったように見える。

僕らはその当日、ブラジル側のフォスドイグアスからリオデジャネイロまでのバスを予約していたんだけど、それは18時出発だったからまあ大丈夫だな、と。

ところがその後、ブラジル側にいってからとんでもないことに気付くのは、この先の話・・・。

最近ツイてないなぁー・・・

12月8日 ペリートモレノ氷河

ウシュアイアでの楽しい滞在に別れを告げ、次に僕らが向かった町はカラファテ。

正式名称「エル・カラファテ」は、ウシュアイアから北西へと飛行機で1時間ほど向かったところにある町で、たとえて言うならカナダのバンフをこじんまりさせた感じ。ジャスパー的でもある。外国人も多く、観光客用のホテルやレストランが多い印象。

この近くにあるロス・グレシアス国立公園に行くための基点となる町で、たぶんパタゴニアに来る人なら絶対に訪れる町となるだろう。

カラファテには日本人宿(FUJI旅館)があるけど、「満員かも?」という事前情報を考慮して僕らは普通のホステルを予約していった。

ちなみに僕らは当初、ウシュアイアからカラファテまで陸路で移動しようと考えていたんだけど、陸路だとどうしても日数がかかる上に、一旦チリ領に入らないといけないということで断念。飛行機を選択した。バス代金、途中の宿泊費、移動時間を考えれば飛行機の選択は悪くない。

さらに付け加えておくと、こういったローカル限定の飛行機をどのように予約するか?ってのには主に2パターンあって、ひとつは自力でネットまたは現地の旅行代理店か直接航空会社のオフィスで予約する方法。もうひとつは日本の代理店でネット経由で予約する方法。

南米旅行なら、南米専門に扱っている会社が数社あるので適当にググれば出てくるはず。日程が決まってるなら早く予約したほうが安くなるみたいだけど、直前でも安いのはあったから事前に予約しなくてもいいような気はする。ウシュアイアに滞在してたメンバーは皆現地のオフィスで予約してたから。

 

さて。本題のカラファテ。

昼過ぎに到着し、とりあえずカラファテの町の散策と買い出しなどに時間を割く。

カラファテの近所にはフラミンゴの保護区?みたいな湖があり、歩いていける。動物園でしか見たことがないフラミンゴの大群がすぐ目の前にいる光景は、結構興奮した。

フラミンゴ保護区フラミンゴの群れ

町を歩いている途中で見つけた「Always glaciers」というツアー会社(大型スーパーのすぐ横)で、ペリートモレノ氷河ツアーと、エルチャルテン往復バスを購入。一人220ペソ(5000円くらい)払った。

で、2日目にペリートモレノ氷河見学。

カラファテ=ペリートモレノ、と考えられるほど、この町に来た人全員がツアーに参加するだろう人気スポット。

確かにすごい。来た価値ある。

氷河の欠片が湖のいたるところに転がり、ツアー中に乗ったボートからは氷河が崩壊するシーンも目撃できたし。

オルウェーズグレイシャーボートからの氷河

南米は夏とはいえ、ここは真冬並に相当寒かった。今後行く方は、ぜひダウンジャケットなどを持参の上どうぞ。

 

ボートを終えて、モレノ氷河を上から眺める展望ポイントまで歩き。

途中で「どどーん!」という大きな音を何度も聞き、大量に氷河が融解しているのがわかる。自然ってのは本当にすごいなぁーなんて感じつつ。

氷河の欠片を触ってみると、それは本当に氷の塊で(当たり前だけど)、あんなに硬い状態のものが崩壊するんだからそりゃ轟音になるわ、と納得してみたり。

合計で4回、デカイ塊が崩壊するシーンを見ることができ、氷河を満喫できた。

行く価値絶対にあり。カラファテに行ったら1日はこれで決まり。

展望コース入り口氷河の前に広がる湖

モレノ氷河を上から崩壊した氷河の欠片と

 

さて。

翌日はエルチャルテン。カラファテからバスで3時間ほど行った、少し北の町。まぁ町といっても何もなくて、フィッツロイ周辺でキャンプをしたりハイキングをしたりする人のための町。

僕らが到着したときにも日本人の60代くらいのグループが山歩きを終えて下山してきたところだったんだけど、山歩きファンには結構人気の場所らしい。

今日は朝から天気がめちゃくちゃ良くて、フィッツロイもこれでもか!ってくらい綺麗に見えた。

バスでチャルテンの町に入ったとき、最初に説明をしてくれたレンジャーみたいな人は「こんな天気は1年を通して滅多にありませんから楽しんでください。」と。そりゃ嬉しい。

僕らは日帰りなので、朝は8時のバスで11時に到着。帰りは18時のバスだからってことで一番近場のハイキングコースを歩くことにした。

町からフィッツロイを拝むハイキングコースの入り口

コースの最初から急な登りが続くんだけど、30分もすると一気に平坦になって楽に登れる状態に。

片道1.5時間ほどで目的地の湖に到着して、ランチ。こういうときはいつも、町でパンとハムとチーズを買ってサンドイッチを作って持ってくるようにしてる僕ら。結構旅慣れてくると、安くても充実した食事が用意できるし、何よりこの絶景。最高のランチとなった。

フィッツロイとカプリ湖ハイキングコース上からのフィッツロイ

帰りは来た道をそのまま戻り、17時くらいにバス亭に戻ってカラファテ帰宅9時。

充実の3日間を過ごして、翌日ブエノスアイレスに飛行機で戻った。

12月4日 ウシュアイア上野山荘

南米最南端、世界最南端の町、ウシュアイア。

アルゼンチン領の南、この地域一帯を俗に<パタゴニア>と呼ぶ。あの高級アウトドアブランドで有名なところね。

ブエノスアイレスからアルゼンチン航空(1万円くらい)で3時間ほど、ウシュアイアに降り立った僕らは早速この町で有名な日本人宿、上野山荘へと向かった。

この宿は日本人移民の上野さんの自宅を改装して作った宿で、こういう宿は世界各地にあるものの、世界最南端にある宿としてバックパッカーには超有名な場所だ。

僕らもせっかくの世界旅行なら絶対ここには行きたいと思っていて、それが実現した形。

最大で15名宿泊できるらしく、宿の予約は無理だったんだけど、僕らが到着した日はまだ5名しかいなかったので全然余裕で入れた。しかも4人ドミをプライベート的に使えたしね。

ウシュアイア上野山荘

 

綾子おばあちゃんと愛犬トゥルーチャ。そしてこの宿に集まってくる日本人の旅人たち。

彼らと3日間過ごしたんだけど、ここ、すごく快適。でもネットが接続できないので、メールチェックとかしに町に行く必要がある。食料調達も町へ行く。それだけがちょっと面倒くさい点。

上野山荘のある場所は町から結構遠いところだから何をするわけでもないんだけど、ここに1ヶ月とか普通にいる人たちも多いそうだ。

ウシュアイアは南極へのクルーズ船(10日間くらいで50万円以上する!)が発着する町としても有名で、ここから<世界の果て号>というビーグル水道を行き交う船が出ていたり、ペンギンやアザラシのコロニーを見に行くツアーがあったりと、それなりに観光地ではある。

町の中心部には外国人がたくさんいるし、12月~2月のこの時期は特に観光客が多いみたい。南米の夏と言ってもウシュアイアは最高気温で15度くらいかな。最低になると0度を下回る場合もある。当然雪も降るし夜はめちゃくちゃ寒い。

そんな町で20年以上生活する綾子おばあちゃんは、かわいくて、やさしくて、本当に日本にいるみたいだった。

ツアー代が高いからペンギンを見に行ったわけでもないし、みんなで飯作ったり、うどん作ったり、トランプしたり、麻雀したりとダラダラしてただけなんだけど、めちゃくちゃ心地よい3日間だった。

僕らの3日間は、嫁日記により具体的に書いてるのでそちらも参照ください。

嫁日記<世界最南端の地で>

トゥルーチャトゥルーチャと丘への散歩

ゆうこねぇさんとまみちゃんと。男性陣でうどん作り。

イソイソと町を観光するよりもバックパッカーはこういうのが良い。このタイミングで一緒だったメンツが良かったからね、さらに思い出深い滞在になった。

出会いに感謝。

12月1日 ブエノスアイレス 

ヘルシンキからロンドン経由ブエノスアイレス。

総移動時間24時間を経て、到着したアルゼンチンの首都ブエノスアイレス。

ヘルシンキのどんよりとした天気とは一変、南米は今、夏。日差しも強く、周囲の人たちの顔も明るい。

でも残念ながら僕らの南米は最悪のスタートだった。

ヘルシンキで積んだはずの荷物がブエノスアイレスに到着していないって。どうやらヘルシンキのフィンエアー職員によるストライキで地上職員が職務放棄?してたらしく、1日遅れて荷物が積み込まれるということで。

おい。なんだそれは。ストライキなんて誰も得しないのに・・・。

 

ってことでブエノスに到着したときには大きな荷物は一切なく、ほぼ丸腰。

とりあえず最低限必要なものだけを町で買って、ブエノスの中心街「フロリダ通り」を一通り散策。

さすが、南米のパリと呼ばれるだけあって街並みはセンスがいい。

街頭ではブエノス名物のタンゴを踊る人もいたり。

ブエノスのフロリダ通り絵描きが飾ってたタンゴの絵

その後ステーキを食ってホステルへ。

大都会に来ると正直やることなくて困る。最近になって旅のスタイルが全然変わってきてて、新しい町に来たからといって観光観光するわけでもなく、どっちかっていうとゆったりまったり過ごすスタイルが好きだから。

大都会だとのんびりする雰囲気でもないし、そもそもゆっくりできるスペースすらないし、そんな空気でもない。

だから今後は、さっさと大都会を抜けてビーチとか海メインで。

そんなわけでブエノスも観光は全然しないまま、次のウシュアイアへと歩を進めた。

大きな荷物はブエノスでは手に入らないため、ウシュアイアまで転送されることとなった。