2009年07月の過去記事一覧

7月31日 ビッグベンの夜景

本日ロンドン発日帰りツアー2日目。

同じバスツアー会社を利用して、今日はリーズ城とカンタベリー大聖堂とドーバー海峡のホワイトクリフというところを見る。

それぞれロンドンからは遠いけれど、バスツアーなので効率的に見て回れるのが良いね。間違いなく予算オーバーなイギリス滞在にも関わらず、もうロンドンに来ることもない、と思うから全部見てしまおう、と。

最初に訪れたリーズ城は、どうやら地元民のピクニックゾーンとなっているようで、夏休みに入った小学生くらいの子供連れ家族が多かった。

城内そのものは昨日のウィンザー城とは比較にならないくらいに小さくかわいい。それも当然で、こちらの城は元々個人宅として利用されていたものを、お金持ちが購入して財団を設立、リーズ城の保存を目的として運営されている。

この城が建設された当時は、イギリス国内に1000個以上の邸宅としての城が築かれたそうだ。リーズ城もそのうちのひとつで、イギリスで一番愛らしい城として認識されているという。

確かに周囲にある湖と、そこにポッカリと浮かぶ城の雰囲気は、どこかおとぎ話にでも出てくるような城を思わせた。

2時間くらい城の内部と周囲を楽しんで、ホワイトクリフへ。

リーズ城1リーズ城2

 

日本のテレビなどでも紹介されたことのある、白い絶壁ホワイトクリフ。フランスやノルウェーまでのフェリーが発着するドーバー海峡には、自然の力で削られた白い断崖絶壁があった。

が、実際にはめちゃくちゃ遠くからしか見ることができず、何とも不完全燃焼。もっと近くで見れると思ったのにね。

画像が小さいと何が何だかって感じだけど・・・。

ドーバー海峡ホワイトクリフ

 

ホワイトクリフをさっさと通り抜け、カンタベリーへ。

カンタベリー大聖堂カンタベリーは昨日のバースと似たような感じの、田舎ながらに賑わいを見せる小さな町といった印象。その中にあって、大聖堂はひときわ大きな存在感で佇んでいる。

今も敬虔なクリスチャンたちの礼拝に利用されている一方、やはりここも観光地として大事な場所でもあるため、多言語のパンフレットがあった。

日本にはキリスト教徒もそれなりにいると思うけど、町の中心に教会があるわけじゃないし、宗教そのものが一般人に浸透しているわけでもない。

どんな歴史的背景があればここまで大きな違いになるんだろうか。

過去の戦争の多くは宗教が少なからず絡んでくるし、海外では政治にも大きくその力が影響するということも要因のひとつか。日本では創価学会くらいだけど。

ま、ってことでカンタベリーの町も楽しみ、大聖堂も楽しんだ2時間。ここにもH&Mが進出してて服を見たりする時間もありつつ、でもめちゃ高いので買えるわけもなく。嫁はヨーロッパでお洒落をしたいらしいが、それも叶わず。

 

ビッグベンを対岸からロンドンアイとテムズ川

ロンドンへ戻って6時。日はまだ高く、もう少しロンドン散策を、と。

ロンドンの中心にあるビッグベンと国会議事堂、ロンドンアイ(観覧車)近辺で夕焼け~夜景へと変わる雰囲気を楽しみつつ。

ビッグベンの前で記念撮影メジャーな観光ポイントのこの近辺には、どの時間帯でも観光客が多く、世界中から来てるんじゃねーか、ってくらい色んな国の言葉が飛び交ってる状態。やはりヨーロッパからの観光客が多いか。

夏休みに入ってる関係で、日本人の家族もチラホラと。不況だと騒ぐ人がいる一方で、常にどこかにお金はあるわけだ。小学生でヨーロッパなんて贅沢だねぇ。

そんなわけで、夜景撮影も終えて地下鉄でキングスクロスのホテルへ。日帰りツアー2日連続はちょっと疲れた。。。

 

 

P.S.
ロンドンではオイスターカードというスイカ的なカードがあるんだけど、もし1週間とかいるようならそのカードを使うと便利。僕らは3日券を買って大活躍。簡単に元は取れる。

ロンドンの地下鉄(チューブ)は初乗りで4ポンド(約700円)もする恐ろしい高額設定。しかもロンドン滞在中の移動には便利なので何度も乗り降りすること間違いなし。ってことで3日券とかオイスターカードとかは購入必須です。

アジアからいきなりロンドンは厳しいです。マジで。

7月30日 ストーンヘンジ

ムンバイ国際空港から一路ロンドンへ。

さすがにビジネスクラスともなると、空港のラウンジはもちろん、機内の広さが恐ろしく快適に感じる。(アジア貧乏滞在が長かったからかも知れないが。)

貧乏旅行のくせに飛行機だけは贅沢しようよ、と、僕の独断で決めたことだけど、やっぱり選んで正解だったように思う。

エコノミーとの金額差は2倍違うけれど、世界一周航空券による1回のフライトは7万円~8万円程度とビジネスクラスにしたら格安だし、何よりワンワールドの場合はイースター島もビジネスクラスで往復できるしね。

これからワンワールドの世界一周を検討している人には、ぜひともお勧め。お金を出す価値はあると思う。

ムンバイ空港ラウンジBAビジネスクラス

 

ムンバイからの飛行機は定刻どおりに出発し、定刻どおりに到着した。

機内ではこれでもか!というくらい飯を食い、フルーツをほおばり、ジュースやコーヒーを飲み(僕らはお酒は飲まないんで)、おまけにチョコやポテチまでガッツリいただく始末。

ロンドンはヒースロー空港に到着し、そこから市内中心部までは地下鉄で一本。僕らはハリーポッターで有名なキングスクロス駅から徒歩1分という好立地の格安ホテルを予約していたので、空港からそのままホテルへと。

Northumberland Kings Cross Hotel で検索すると出てくるはず。ちなみに僕らはhostelbookersで予約した。

他にも周辺には多数のホテルがあって、格安で泊まれるところもそれなりにあるっぽい。

ロンドンには貧乏旅行者のためのホステルもあるが、それでも結構高く、一人3000円以上は払わないと無理。ロンドンはなかなか財布に厳しい町である。

日本人宿もいくつかあるけれど、そこにしても金額はそれなりにお高め設定だった。参考までにロンドン近郊の日本人宿はこちら。

ピムリコハウス
たんぽぽハウス

 

さて。翌日30日。今日はウィンザー城とストーンヘンジと古都バースへのバスツアー。

エバンエバンズという歴史あるバスツアー会社があるんだけど、ネットで直接申し込んでおいた。完全英語ツアーだけど、英語が全くわからなくても十分に楽しめる。日本語ツアーも定期的に出てるらしい。詳しくは以下のリンク先で。

ロンドンエバンエバンズツアー

ウィンザー城はエリザベス女王なども日常的に利用する、今も現役の王室の居城。そもそも城だから王様が住み、外部の攻撃を防ぐ意味があったんだけど、今はもうその名残りもなくて、どちらかというと内部の綺麗な装飾を見るための観光地としての機能が強いらしい。

ただ、国内の行事などにはウィンザー城が使われるらしくて、映像では各国の賓客を迎えてパーティーをしてる様子とかが写されていた。

城内には見所がいくつもあったんだけど、残念ながら内部の撮影は完全NGだったため写真には残せず。教会1枚と外部からの写真をどうぞ。

ウィンザー城1ウィンザー城2

ウィンザー城3ウィンザー城4

建物内部の各部屋に飾られている人物画と天井の絵が特に美しかったな、と。

 

次に向かったのはストーンヘンジ。

小学生でも知ってるくらい超が何個もつくほど有名な場所だけど、実際はと言うと、大きな道路に囲まれた平原の真ん中にポツンと取り残されている石の集まり、といった感じ。

そもそもストーンヘンジの謎は一切解明されていなくて、その解説すら確定的なことは一切言えないような感じだった。

日時計とか、祈祷するための場所だったとか色々な説があるけれど、決定的な証拠がないという。世界7不思議のひとつ、か。

もっと「すげぇ~!」って感じかと期待してたけど、実際に見てみると「ふぅ~ん」的な。ちょっと残念だったかな。風が強くて寒すぎて、それどころじゃなかったし。

そうそう、8月だっていうのにロンドン近郊の気温は20度を軽く下回っていて、今までインドで40度弱の世界にいたから、恐ろしく寒く感じるわけ。

Tシャツに長袖シャツでも無理。フリース必携。

ストーンヘンジ1ストーンヘンジ2

 

ってことで、ストーンヘンジを後にして、古都バースへ。

バースにはローマンバスというローマ時代の温泉?があって、町全体が世界遺産として登録されているから非常に多くの観光客で賑わっていた。

こじんまりとした町には、たくさんの小さなショップと教会などがあり、それらの建物がこの地域特有の材質(砂岩)で作られていて、これぞヨーロッパ!という雰囲気に包まれている。

町の作りそのものが非常に興味深くて、個人的には今日訪れた場所の中で一番良かった。留学先にこういう小さな町を選び、長く滞在しながら、その地域の人々の生活を身近に感じて英語を学ぶのも悪くない。

古都バース1古都バース2

古都バース3古都バース4

古都バース5古都バース6

 

朝8時半からスタートしたツアーは、予定より少し早めの夕方7時には終了した。

短いロンドン滞在に、こういう効率の良いたっぷり1日使うツアーは便利だ。

ちなみにこの1日ツアーで1万円ちょっと。やっぱりロンドンは財布に厳しい町である、というのは間違いない。きびしぃー!

 7月28日 タージマハルホテル

ムンバイ。またの名をボンベイという。

インド随一の商業港湾都市ムンバイは英国統治時代の雰囲気が色濃く残る、インドにあってインドではないような都市だ。

ムンバイ市街1ムンバイ市街2

 

インドの喧騒やあらゆるモノに汚染されたインド独特の雰囲気はそのままに、駅、建物、車といった人工物からヨーロッパの印象を強く受ける。

また、他の町に比べると比較的物価が高く、外国資本も多く入っているというから、生活レベルはどこの都市よりも良いとか。

そういえば先日出会ったインド人もムンバイのトーマスクック(旅行観光関連企業)で働いていて羽振りが良かったし、町で出会う人々の色は薄く、きれいな服も着ていて、リッチだからか小太りが増えた気がする。(笑)

 

さて、ムンバイにはアウランガバードからの寝台列車で明け方6時前に到着し、タクシーで安宿やゲストハウスが集まっているタージマハルホテルの近辺に向かう。60ルピー。結構近い。

当のタージマハルホテルは、以前ニュースでも騒がれた爆弾テロがあった現場。その周辺には観光客用のゲストハウスも多く、またムンバイの見所も広がっている。

残念ながらムンバイは貧乏バックパッカーに対して厳しい町で、安宿とはいえ他都市に比べると相当高い値段ということをネットで下調べしてたから、実際に宿を見つけるまでは戦々恐々だった。

が、そんな心配も意外とすんなりと解決される。

サルベーションアーミー外観というのも、タージマハルホテルのすぐ裏を通った際、たまたまムンバイで唯一の安宿として知られるサルベーションアーミーを見つけ、運良く泊まることができたから。

他のゲストハウスも確認のために見たけど、バラナシで400ルピー程度で泊まれる場所と同程度の安宿が、ここでは1200ルピーと言われた。ディスカウントしてもその価格だから、きっとシーズンはもっと高いんだろう。

たぶん1000ルピー以下を選ぼうとすると、なかなかに汚い場所なんじゃないかな。

一方、僕らの選んだサルベーションアーミーは中の雰囲気は綺麗とは言えないものの、朝飯と昼飯がついてダブルルームで600ルピー、1200円。

実際に泊まったダブルルームはダブルベッドがあるわけじゃなくて、戦時中の病院を思わせる簡易ベッドが6つほど並んだ広い部屋で、それをプライベート的に使えるとのこと。シャワーとトイレも室内で、ファンはついてるけどエアコンは当然なし。

サルベーションアーミー1サルベーションアーミー2

朝到着して8時半まで待ったら、たまたまダブルに宿泊してた客がチェックアウトしたということで取れたわけだけど、次に来たダブル希望の人は断られてた。男女別のドミトリーは結構な数あるみたいで空いてたけど。(ドミは一人195ルピー)

 

宿にチェックインしてから涼しい午前中に近場の見所を回り、一旦宿に戻って無料の昼飯。これがまたタダ飯なのに意外においしくてラッキーだった♪

午後2時過ぎになって隣にあるタージマハルホテルのティーラウンジでお茶タイム。久々の贅沢に嫁はウキウキだ。(笑) こういうときはすこぶる機嫌が良い。

淹れたてコーヒー紅茶にうまいケーキとクレープと。その詳細は嫁日記をどうぞ

タージマハルホテル1タージマハルホテル2

 

そんなわけで、特に何もしないムンバイの滞在で、インドの旅、そしてアジアの旅を締めくくる。

長いようで短いようで、やっぱり長かった100日超。旅に出てからこれまでに使った金額は100万円ちょっとで、1日平均1万円程度の計算となった。

インドネシアでの贅沢と、中国での観光費用や移動費用、ネパールとインドでのお土産購入とか輸送費に大きく使った感じ。あ、あとはタオ島のダイビングか。

これから始まるヨーロッパは1日7~8000円の宿代と観光費用もバカにならないだろうから、なるべく15000円に収まるように頑張ってみたいと思う。

けど、旅の醍醐味は食事だからね、そこだけは贅沢に。

ってことで、ありがとうアジア。

ヨーロッパでは主要な観光ポイントとサッカー観戦、それに食事とデザートが何よりの楽しみだわ~。^^

7月26日 アジャンタ石窟群

さて、昨日に引き続き本日も石窟観光。

この地域の2大石窟群のひとつ、アジャンタへと向かう。

アジャンタ世界遺産アジャンタもエローラと同様に1983年にユネスコ世界文化遺産に登録されてからというもの、徐々に観光客が増えて一気にメジャーになった地域なんだとか。

その前に、アジャンタ・エローラ観光の拠点となるアウランガバードの町がかなり田舎にも関わらず、なぜこんなにも多くの人がいるのかが不思議でならない。

駅前にホテルもそんなに多くはないし、町全体も人はそれほど多いようには見えない。

日本なら、どこかの地域が世界遺産に登録された日には一気に観光地化が進み、道や施設が整備され、その地域に住む人も増えていくと思うんだけど、そんな雰囲気も一切なく・・・。

中国でも国土が広いなぁ~と思ったけど、インドも同様にめちゃくちゃ広く感じる。特に昨日のエローラの頂上から眺めたデカン高原は、さすがインドを象徴する土地、かと。

 

アジャンタ石窟群アジャンタやエローラは、僧侶達が修行や瞑想のために人々の生活の場を避けて山奥に作り、その後に放棄され、約1000年経てから長い眠りから覚めたという。

その彫刻・彫像・絵画の多くは5世紀以降に制作されたもので、日本の法隆寺などの寺院のモデルとなったとか。

日本史的には、大化の改新が7世紀645年なんだから、もっとその前には作られていた、と。

法隆寺建立が7世紀初めで、きっとアジャンタやエローラを見た日本人、またはインド人が日本に来て、それらの絵を真似たんだろうか・・・なんて想像を膨らましてみたり。

ってどういうことだよ!? 辻褄が合うのか合わないのかわからんな。

アジャンタ壁画1アジャンタ壁画2

アジャンタ壁画3アジャンタ壁画4

 

さて、アジャンタ。

その全体像はU字型で、まるで馬の蹄(ひづめ)の形を想像させる。

U字の渓谷に沿って岩を削り、全部で30窟ほど存在し、エローラ以上に壁画が美しいとして有名な場所だ。

確かに壁画の保存状態はめちゃくちゃ良く、一目見て鳥肌がたったくらい。嫁はどうやら高校の教科書に載っていたものを間近に見ることができて、感動してた。(笑)

彫像の類はどちらかというとエローラに軍配が上がるが、壁画やそこに残されているデザイン性、芸術性はアジャンタのほうが上か。

アジャンタ彫像1アジャンタ彫像2

 

ここに残されている天井画や壁画デザインの多くはインド製のカーペットやタペストリーにも用いられ、ブッダ生誕の物語や仏教に関する様々な物語なども残されている。

特に印象深かったのはブッダの死に際の物語で、ブッダが天に召されるに際して天上界では歓喜に沸き、一方の地上界では人々が悲しむ姿が描かれている。

仏教の輪廻転生という考え方からすれば喜ばしいことかも知れないけど、どうなんでしょ。

 

アジャンタでは壁画をじっくり見て回ったら3時間ほど。さらにアウランガバードからバスで往復4時間以上かかるから、アジャンタ観光は1日仕事となる。

ちなみにアジャンタは月曜日お休みなので、そこだけはチェックしておきたい。

今回のツアーでは、日本人とドイツ人の先生ペア、ムンバイから来たインド人、そしてインドのバレーボールナショナルチームのコーチ?と異色のメンバーだった。

帰り際に寄ったチャイ屋で、ムンバイから来たインド人にチャイをごちそうになったりして、インドで一番インド人が素敵だと思った1日だった。

7月25日 エローラ石窟群

世界史の教科書にも載る、エローラ・アジャンタ石窟群。

ニューデリーの国内線空港からアウランガバードまでは、格安航空会社のジェットライトで約2時間。一人12000円くらい。

寝台列車やバスに比べて、やっぱり飛行機は高いだけあって快適レベルが違う。寝てればあっという間に到着というのは、支払った金額に勝る。時間を買う、というのは、快適さを買う、ということでもあるな、と。たまにはこういうのもいい。

 

さて、全く何の情報もなくアウランガバードにやってきたが、空港の出口にある観光窓口で宿と共にエローラ・アジャンタの観光情報も得ることができた。

空港からアウランガバードの町までタクシーで向かう。その時点で午前11時。

ホテルは駅前のMTDCホリデーリゾートというところで、政府公認だからということで安心して選べた。他にも安いところがあったようだが、わざわざ移動するのも面倒だったし、少し高いけど仕方なし(700ルピー)。

MTDCホリデーリゾート1MTDCホリデーリゾート2

 

一旦ホテルに荷物を預けてから、エローラへ。

ホテルに併設されている旅行代理店では、一人230ルピー(460円)でエローラツアー(往復交通費のみ)を申し込めるが、午前中出発だったためそれには参加できず、タクシーでそのまま向かうことに。

エローラはアウランガバードの町から程近く、1時間もかからずにいける。

途中にはダウタラバードという昔の砦があったりと見所もあるが、それは無視してエローラへ一直線。

 

エローラには合計で30以上の石窟があり、それらを総称してエローラ石窟群と呼ばれている。1983年に世界遺産に登録されてから一気に観光地化が進み、日本のODAも電気関係や水関係の施設保全に協力してきたらしい。

というのも、エローラやアジャンタに残る彫像のデザインや壁画が、日本の仏教寺院を建設する際のデザインの参考とされているケースが多いそうで、その関係が強いんだとか。

では、エローラ石窟群を一気にどうぞ。

エローラ石窟群1エローラ石窟群2

エローラ石窟群3エローラ石窟群4

エローラ石窟群5エローラ石窟群6

エローラ石窟群7エローラ石窟群8

エローラ石窟群9エローラ石窟群10

 

特に凄いと思ったのが、道の途中で出会ったインド人が教えてくれた話。

エローラでは30以上の石窟がある中で、最も大きなものが第16窟。ここだけ入場チケットを確認するほど大切な場所だそうで。

で、ここの寺院の裏手に回ることが出来るんだけど、ここから見ると16窟の天井に小さな社(やしろ)があって、ここにデザインされている象の彫像が、なんとこの16窟を彫り始めた最初のノミで削られた場所だそうだ。

そこからスタートして、徐々に徐々に下に掘り下げられ、結果的に写真のような大きな寺院となった、と。

エローラ第16窟エローラ第16窟の小さな象

 

総計で20トン以上の石が削られ、100年という年月をかけて完成させたらしい。その当時のインド人の寿命は30年程度だったというから3世代~4世代に渡ってこの石窟が掘られ続けた、ということだ。

エローラにしてもアジャンタにしても、仏教やヒンズー教の僧侶たちが住むための洞窟だったわけだから、その信仰心の強さには恐れ入る。修行、瞑想のためにここまでやるかって。

日本にも美しい寺院は残されているが、比較するには申し訳ないような・・・。

エローラ、大満足っす。